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【掌編】齊藤想『年輪』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第45回)に応募した作品です。
テーマは「カレンダー」でした。

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『年輪』 齊藤想

 土曜日の朝、哲人は柱にぶら下げてあったカレンダーをめくった。赤二重丸が書かれていた日が消えていく。
 哲人はため息をついた。孤独なまま、またひとつ年を取る。
 哲人は社会人になってから、同じアパートで独居を続けている。独り身が好きなわけでも、この古アパートが気に入っているわけでもない。本音を言えばすてきな伴侶を見つけて新婚生活を味わいたい。ただ、その機会が無いだけだ。
 哲人には明確な女性の好みがある。年上の女性だ。ただ、哲人が気に入った女性たちはことごとく既婚者だった。
 すてきな女性というのは男性からのアプローチが絶えないわけで、しかも年上となればすでに相手が決まっていて当然だ。
 しかたなく、哲人は官能小説やアダルトビデオで憂さを晴らしていた。最近はインターネットやスマホで露骨な画像や動画が見られるので重宝している。
 今日は休日だ。頭の中にエッチな妄想を広げながら朝のコーヒーを飲み干すと、最近購入したばかりの流行のスニーカーを履き、近隣の公園まで散歩に出かけることにした。
 この地域は高度成長期に集合住宅が乱立したが、老朽化とともに取り壊され、再開発が現在進行形で進んでいる。アパートは高層マンションに生まれ変わり、立体化したことで生じた余地には総合病院や大資本スーパーマーケットが進出し、それでも余ると行政は広い公園を設置してお茶を濁した。
 哲人が公園にたどり着くと、まず大きくストレッチをする。次にめがねを掛けて周囲を見渡す。哲人が公園に行く表向きの理由は健康維持のためだが、本音は新しい出会いを見つけるためである。
 公園内部をくまなく観察すると独り者らしい女性がベンチに座って遠くを見ていた。本人にとって重い、他人にとってはどうでもよい不幸が起こったのかもしれない。
 これはチャンスだ。哲人は「NPO法人 ティーチ・アンド・トーキングの会 代表」という名刺を持ち歩いている。どんな会でもNPOをつけると信頼度が増すのが不思議だ。もちろん、このアルファベット三文字はインクジェットプリンタで印刷しただけで、実態はない。
 哲人は新しい出会いに胸をときめかせながら、女性の隣りに座った。
「どうされましたか」
 そう言いながら、二本指で名刺を挟んで彼女に渡す。彼女と目が合う。
「あのー」と女性が間延びした声を出す。これは失敗だ、と哲人は直感した。だが、引き返せない。妄想にとりつかれている彼女の話を最後まで聞くことになり、さらには自宅まで丁重に送り届けるはめになった。
 健康には良いかもしれないが、精神衛生上はよろしくない。おそらくは年下だろう。まだ若いのに可愛そうに、と同情した。
 公園以外にも出会いの場所はある。最近のお気に入りは公民館だ。公民館では様々なイベントが開かれていて、中には非会員であっても参加できる企画もある。イベントに直接参加しなくても、終了後の高揚感にうまく入り込めば、お茶に誘うことだって可能だ。
 土曜日は公園で失敗したので、日曜日は公民館に出かけることにした。地元サークルが主催する映画鑑賞会があり、時間をもてあましている婦人方が集まっている。
 哲人はまあまあの有名人である。ここでは例の名刺は必要がない。哲人には長年狙っている女性がいて、夫が最近死去したことも知っている。唯一の難点は、彼女が若すぎるということだけだ。だが、贅沢はいえない。
 彼女は人気者なので、とりまきの女性たちが座席を囲む。哲人は仕方なく離れた場所に座り、映画が終わるのを待ち続けた。実につまらない時間だ。
 映画が終わると、彼女は取り巻きたちとそそくさと公民館を出てしまった。またチャンスはあるだろう。
 実は哲人にはもうひとりあこがれの女性がいた。もちろん年上だ。だが、テレビ画面の中でしか知らない。高値の花、といったところだ。その彼女も、先日死去した。なぜ、自分が好きな女性は次々と世を去ってしまうのか。寂しさに胸が掻き毟られる。
 哲人がアパートに戻ると、すでにテレビ局の取材スタッフが待ち構えていた。予想はしていたが、あまりに早すぎる。
 若い女性レポーターは心の痛みなど眼中にない様子で、哲人にマイクを突きつけた。
「先日、翁長キンさんが亡くなられたことにより、尾浜哲人さんが日本最高齢となったわけですが、いまの感想はいかがですか?」
 哲人は「くそ食らえだ」と吐き捨てた。

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