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【掌編】齊藤想『鮎釣り』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第38回)に応募した作品です。
テーマは「鮎」でした。

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『鮎釣り』 齊藤想

 四階建ての小さな社宅に下着泥棒が現れたとき、桑田の頭に浮かんだのは、最近引っ越してきたばかりの葦原という男だった。彼は仕事が終わると、裏側にある空地で釣竿を振り、鮎つりの練習をしていた。
 下着泥棒があまりに頻発するので、社宅の代表として桑田は地元の防犯会議に呼ばれていた。防犯会議といっても、メンバーは桑田の他に自治会長と副会長がいるだけだ。自治会長の奥さんが淹れてくれたお茶をすすりながら、井戸端会議に毛の生えたような話し合いが自治会長宅の縁側で続く。
「葦原さんにはあんなに綺麗な奥さんがいるのにねえ」
 というのが自治会長の言葉だ。ようするに葦原が釣り針で下着を引っ掛けて、盗んでいるのだろうと推測している。近所で植木屋をしている副会長も同意する。
 下着泥棒が頻発するようになった時期と、蘆原が引っ越してきた時期が重なっていることも、自治会長の推測を裏付けていた。
「ところで桑田さん」と自治会長が尋ねる。「葦原さんについて、社内で何か噂は聞いていないかね。例えば過去に性犯罪を犯したことがあるとか」
 これを聞くために、桑田は呼ばれようなものだ。
「そのような話は聞いたことがありませんし、もし警察に逮捕されていたら会社を首になっています。ちなみに、蘆原は鮎つりのために地方都市を希望したと聞いていますが」
「田舎者をなめてもらっては困る」
 赤ら顔の副会長が怒り始めた。どうやら、葦原は人の目が少ないから犯罪を起こすのだと決め付けているらしい。副会長は都会人への反発も隠そうとしない。まあまあ、と綺麗に禿げ上がった自治会長がなだめる。
「警察に任せるべきでは」と桑田が常識的な意見を言うと、自治会長が静かに首を横に振った。
「犯罪者を出すことは地域の恥になります。警察が捕まえる前に我々で捕らえて、このような行為を止めさせなければなりません。だから我々で見回りをするしかないのです」
 桑田は困ったことになったと思いながら、かといって自治会長に逆らうこともできず、静かにお茶をすすった。
 次の日から、毎日張り込みをすることになった。社宅の裏側はススキが生い茂っており、隠れるのに丁度良かった。ただ、夜になると寒かった。
 観察をしていると、葦原は毎晩のように鮎つりの練習をしていた。鮎は友釣りといって鮎の攻撃性を利用して釣り上げる。擬似鮎を縄張りの中に投げると、鮎が追い出そうとする。そのときに釣り針をひっかけるのだ。
 三人が「こんばんわ」と挨拶をすると、葦原は静かに会釈を返し、まるでまずいシーンを見られたかのように部屋に戻る。
「やっぱりあいつが怪しいのではないか」
 副会長が桑田に詰め寄る。そういわれても、確たる証拠もなく同僚を責めることもできない。桑田が黙っていると、自治会長が副会長に提案した。
「三人で見回っては、目立ちすぎて犯人も警戒する。毎日もしんどいので、日にちを決めて、一人ずつが良いのではないか。ススキの影に隠れていれば、犯人にも見つからないだろうし」
 桑田も連日はしんどいなあと思っていたので、すぐに同意した。なにより同僚を監視するようなことはしたくない。副会長はしぶしぶ同意した。
 しばらくして犯人が捕まったとの情報が入った。ススキに隠れていた葦原が、鮎つりの道具で犯人を捕まえたのだ。
 下着泥棒の犯人は副会長だった。桑田は副会長が植木屋であることを思い出した。仕事道具である高枝挟みで下着を盗んでいたのだ。
 副会長は葦原の妻が美人であることに憧れをいだき、盗みを繰り返したが、目標を隠すために隣近所の下着も盗んでいたという。
 葦原は当初から植木屋が怪しいと睨み、自治会長に相談していたという。三人の見回りも、桑田を巻き込んだのも、副会長をおびき出す作戦だった。見回りの日を決めれば、見回りのない日に副会長が動くに違いない。
 副会長が動く可能性が高い日に、葦原は鮎つりの練習から帰るふりをして裏庭に戻り、じっと待ち続けた。三人が見回った日に、鮎つりから帰るところをみせたのも、副会長を油断させる作戦だった。
 副会長は葦原が鮎つりから戻るのを見て、裏庭が無人になったと思い込み侵入したが、犯行に及ぶ直前に密かに戻ってきた葦原に釣り上げられた。副会長は突然飛んできた擬似鮎を交わすことができなかったという。
 葦原は、今日も裏庭で鮎つりの練習をしている。

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