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【掌編】齊藤想『お局が去る日』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第22回)に応募した作品です。
テーマは「新人」でした。

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齊藤想『お局が去る日』


 「新人」の反対語はどの言葉になるだろうか。「ベテラン」、「経験者」、「達人」など様々な言葉が思い浮かぶ。しかし、この場所では間違いなく「お局」だ。「お局」こそ、女性陣をまとめるリーダーなのだ。
 私がこの職場にきて二十四年にもなる。特段居心地が良いわけではなく、むしろ悪い方なのだが、ここは長く勤めるほど「偉い」と見なされる傾向がある。その奇妙な風習に守られて、安楽な日々を送っている。
 私レベルのお局になるとライバルはいない。もはや神の領域だ。同僚たちは、神のご機嫌を取ろうと様々な差し入れをしたり、ときには誰かをおとしめるために噂話を吹き込んできたりして、短い自由時間をアブのように忙しく私の周囲を立ち回る。
 取り巻きのメンバーは固定されているわけではない。時間の流れとともにポツポツと抜けていく。私は「お局」として、彼女たちの旅立ちを表面上はお祝いしつつ、心の底ではほくそ笑む。ライバル候補が減るたびに、私の立場は強固なものとなる。
 消えたメンバーの替わりというわけでもないが、不定期に新人がやってくる。新人が来るとみんな興味津々だ。いままで何をしてきたのか。ここに何年いそうなのか。人物は危険なのか安全なのか。様々な値踏みをして、まるで動物園の猿山のように職場内のランクが決まっていく。
 毎年のように繰り返される日々。春が来て夏が来て、秋が来て冬が来るのと同じぐらい平凡な年月。いつまでも変わらない風景。
 そうした安楽な生活に異変が起きたのは、ある大型新人の登場だ。
 その新人は、目つきから違っていた。ギラついていた。飢えた猫だった。
 私の取り巻きたちが、さっそく値踏みを始める。過去をほじくりかえし、人物を鑑定する。彼女のガードは堅く、なかなか半生を語らなかったが、まだ若いのに相当な経験を積んでいることは間違いない。この職場に二十年はいるものと判断された。
 空気は一変した。
 私は好むと好まざると、あと一年もすればここを去らなければならない。ごねれば延長することも可能だが、「お局」としてのプライドが許さない。最近は仕事ぶりが模範的であると認められて、さらなる特権を得ていたので、いまさら新人のような生活に戻ることもできなかった。
 しばらく様子を見ていた私の取り巻きたちは、ひとりふたりと、彼女の側近のような顔をして貼りつくようになった。先が見える「お局」より、次期「お局」が確約されているメス猫……これは私が彼女に付けたあだ名なのだが……の味方をする方が得と判断しているのだ。
 私は達観していた。
 全ては順番なのだ。年老いた者が順番に死んでいくように、「お局」も新人がくるたびに追い出されていく。その順番が私の元にもやってきただけだ。むしろ、この職場に世話になりすぎたのかもしれない。
 私がこの職場を去る日、メス猫がお祝いをしてくれた。彼女はもはや新人ではなく、次期「お局」としての第一歩を確実に踏み出していた。お祝いの言葉を述べながら、誰が敵で誰が味方なのか、監視カメラのような視線を油断無く飛ばしていた。ここのボスが誰なのか、見せ付けているかのようのだった。
 彼女を恐れる私の元取り巻きたちは、おざなりの挨拶しかしてくれなかった。これは権力移譲の儀式だった。メス猫は満面の笑みを浮かべていた。悔しかった。けど、どうしようもないのだ。時が過去から未来にしか流れないのと同じように、新人もいつかはお局になり、お局はいつかは追い出される。
 最後に、私のことを見守り続けた上司たちが、職場の門をくぐったときに預けていた私物を返してくれた。綺麗なままだった。全てが懐かしく、また驚くべく生真面目さに感謝の念を捧げるしか無かった。
「もう、戻ってくるなよ」
 上司たちは声を掛けてくれた。もちろん、そのつもりだ。戻ってきても、私の居場所はもうここにはない。歯を食いしばり、新しい世界で生きていくしかない。
 一番仲の良い女性上司が私の手を握る。
「これから貴方は新人に戻るのね」
 彼女の手は暖かかった。私は気がついた。人間はいつでも新人になれる。いつでも古い殻を脱ぎ捨てることができる。だからこそ、人生は素晴らしいのかもしれない。
 今日は快晴だった。太陽はどこまでもまぶしかった。私は世の中に向けて新しい一歩を踏み出した。
 長年住み慣れた刑務所を背にしながら。
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