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齊藤想『不都合な落し物』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第23回)に応募した作品です。
テーマは「落し物」でした。

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『不都合な落し物』  齊藤想


 春一番が吹き荒れるある日の午後。
 ぼくの目の前にカツラが落ちている。そして、少し前方に、信号待ちをしている見事な禿頭。彼の頭頂部は春の日差しに照らされて、まるで書初め展で入選し、初めて経験する表彰式で喜びを隠せない小学生のように輝いている。
 彼はベテランのサラリーマンだろうか。その彼のでこぼこした頭の上を、朝から吹き荒れる春一番が通り抜ける。
 ぼくは会社の先輩と一緒に信号待ちをしていた。誠心誠意・親切一途で有名な先輩なのに、この路上に落ちているカツラに限っては、見て見ぬふりをしている。
 先輩の口癖は「人間、多少おせっかいなぐらいがちょうどいい」だ。
 親切にしてもらって悪い感情を抱く人間はいない。本音では迷惑だと思っても、親切にしてもらった気持ちそのものは嬉しいものだ。
 親切をどんどん押し売れ。それが、人脈に繋がり、仕事にも跳ね返ってくる。
 お酒を飲むたびにそう力説していたはずなのに、先輩は、声を掛けてくれといわんばかりに落ちているカツラから目を背け続けている。
 なぜ先輩はこのカツラを無視するのだろうか。親切を押し売る絶好のチャンスなのに。
 新社会人であるぼくは、先輩の気持ちを想像した。
 もしかしたら、「このカツラは男性の持ち物ではないかもしれない」と心配しているのかもしれない。もし彼の持ち物ではなかったら、声かけは大変な失礼にあたる。ビジネスマンとして、礼を逸するのは絶対に避けなければならない事態だ。
 ぼくは、目の前に落ちている商品が彼のものかどうか検証を始めた。親切を押し売るにも慎重さが大事。これも先輩の教えだ。
 ぼくは指先で禿げ頭とカツラの比較した。大きさは同じ。しかも男性はいわゆゆU字型のハゲで、側頭部まで後退した生え際とカツラの形状が完全に一致する。
 さらに検証を加える。信号待ちしている男性たちではげ頭は彼しかいない。この状況証拠は決定的だ。
 信号待ちをしている集団からカツラの持ち主を探すと、該当者は彼しかありえない。
 では信号待ちの集団が来る前から落ちていた可能性はないのか。
 それもありえない。カツラは汚れていない。落ちたてピカピカだ。仮に以前から落ちていたとしたら、おりからの強風ですぐに吹き飛んでしまうだろう。
 真実を明かすことが全てに優先するわけではない。ぼくは、先輩が気にしているかもしれないもうひとつの可能性にも思い当たった。
 カツラは黒いダイヤとも、被る宝石とも称されるほど高価な商品だ。しかし、いくら春一番が吹き荒れたからといって、飛ばされるカツラは安物としか思えない。量販店で間に合わせの商品を被っただけかもしれない。
 確かに衆目の前で安物を返されたら恥ずかしい。場合によっては逆恨みされるかもしれない。
 ときに親切は相手を傷つけることがある。それは配慮が足りない場合だ。
 ぼくはすっとハンカチを取り出した。これでカツラを包み込み、周りから見えないようにして返せばだれも傷つかない。
 ここまで気を回せるようになったのも、先輩の教えのおかげだ。ぼくは先輩に対する感謝と敬愛の念をさらに強くした。
 車道の信号が黄色から赤に変わった。もうすぐ禿頭は行ってしまう。時間が無い。
 ぼくは決断すると、すっとしゃがんでハンカチでカツラを丁寧に包み込んだ。思いのほか軽かった。そうして男性の肩を軽くたたき、どこかで見た顔だなと思いながら、そっと差し出した。
 禿頭は激しく動揺したのか、自分の頭を触り、そして何故か怒りを込めた目でぼくを睨みつけ、ぼくの手から奪うようにしてカツラを取った。
 信号が変わり、禿頭はそそくさと歩き出した。ぼくと先輩が歩く方向と同じだった。
「また親切をしました」
 ぼくが誇らしげに先輩に報告すると、先輩はあきれたように口を開いた。
「お前は真面目すぎるのが欠点だな。黙って見逃すことが親切ということもあるのに」
 そして、ぼくは目撃した。
 わずか一〇メートル先で、いままで信号待ちしていたさえない熟年サラリーマンが、男らしくて凛々しいわが社の社長に変身していくのを。 


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