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【掌編】齊藤想『桜の季節に』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第23回)に応募した作品です。
テーマは「サクラ」でした。

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『桜の季節に』 齊藤想

 ぼくが登校拒否に陥ったのは、桜が散り終えた季節だった。
 なぜ学校に行けなくなったのか、自分でも分からない。小四年の冬から病気がちになり、インフルエンザや溶連菌や急性胃腸炎が順繰りにぼくの体に侵入し、欠席が増えるとともに教室へ戻りにくくなった。
 仲の良かった友達はたまに遊びに来るし、顔を合わせれば普段通りに話す。
 それなのに、足が学校に向かない。
 まるで、校門の前に見えないバリアが張られたようなものだ。そのバリアはぼくが欠席するたびに厚くなり、強固になる。

 朝は嵐のようだ。
 両親はぼくに学校に行けと高圧的に促し、ときには青あざができるまで腕を引っ張られる。玄関で泣き叫び、ほほをはたかれたのも一度や二度ではない。父親にげんこつを喰らったこともある。
 学校に行けば楽なのに。教室に入れば全て解決するのに。
 そう頭では思っていても、心が動かない。
 ぼくの気持ちを両親に知ってもらうために、家庭内暴力をふるうようになった。朝食を投げつけ、皿をガラス窓に叩きつけた。カッターナイフでソファーを切り裂いた。ぼくが暴れる度に自宅が荒れていく。母親はオロオロし、父親は本気で殴りかかってきた。
 気が付くと、ぼくは吹っ飛ばされていた。
 壁に頭蓋骨を石膏で型取りしたような穴が開いた。一瞬だけくらくらとしたが、回復すると再び父親に襲い掛かった。父親はぼくを学生時代に鳴らしたという柔道の技で投げ飛ばすとそのまま馬乗りになり、ぼくの顔を殴り続ける。
 鉄球を振り下ろされたような痛みが、鉄の味ともとに広がる。
 それでも、ぼくは自分の力を制御することができなかった。自分でも、なぜこのようなことをしているのかわからないまま、悍馬のように暴れ続ける。
 毎朝の戦争に、母親は疲れ切った。父親はぼくに聞こえるように「コイツはダメだ」と吐き捨てた。両親は完全に白旗を揚げた。
 そうして、小五年の春から、ぼくは完全に不登校に陥った。
 
 季節が過ぎて、六年生の春が来た。ある意味で、穏やかな日々が続いていた。
 カウンセリングの帰り道、ぼくは車中でウトウトとしていた。車を運転するのは父親の役目だ。母親と違い父親のハンドル捌きはなめらかで、窓を通して差し込んでくる柔らかな陽光に春眠を誘われていた。だから、車が止まっているのに気がつかなかった。
 ぼくが目覚めたとき、父親は車外に出て、運転席側のドアにもたれながら桜を眺めていた。校門の前に並んでいる桜だ。
 ソメイヨシノは一斉に咲いて、一斉に散る。盛りを迎えた花たちは、風が通り抜けるたびに花びらを地上に向けて放っていく。
 そういえば、ぼくが不登校に陥ったのは、桜が散り終えたころだった。もう一年がたったのだ。
 ぼくは、この一年間を回想するように、舞い続ける花びらを追い続けた。強固に張られたはずの校門のバリア。何重にも張られた難攻不落の障壁。見ているだけで圧倒される鉄壁な要塞を、桜の花びらたちは、まるで別世界の出来事かのように通り過ぎていく。
 物理上の法則では当然なのだが、花びらが次々と校門を越えていく様子が、ぼくには不思議でたまらなかった。
 父親は泣いていた。
 ぼくを罵倒した口から嗚咽を漏らし、ぼくを殴った手で涙をぬぐっている。桜の花びらは、校門のバリアを次々と突破していく。教室の声はここまで届かない。
 午前中の終業を告げるチャイムが響いた。
「おい、急にどうした」
 父親は驚いた。ぼくは車から出て、校門の前に立っていた。
 ぼくは見えないバリアに向けて手を伸ばした。抵抗は受けなかった。何も感じなかった。ぼくの戸惑いをあざ笑うかのように、桜の花びらたちが校門を越えていく。
「たまには学校に行こうかな」
 ぼくがそうつぶやくと、父親は答えた。
「まあ、無理するな」
 もう父親はぼくを強制することはない。そして、黙って助手席のドアを開けた。帰ろうの合図だ。だが、父親は見たはずだ。ぼくのつま先が、僅かに校門を越えていたことを。
「焦ることはない。お前のやりたいようにすればよいのだから」
 車はゆっくりと校門から離れていく。ぼくは、一歩だけ前に踏み出せる気がした。

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